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待合室に雑然と置かれた一冊の絵本。
どこかで見たことがあるような懐かしさのせいか、焦点がぼんやりと定まらない。
ゆっくりと手にとり、見覚えのある表紙をじっと見つめた。
「私はこの絵本とともだちだった」
鍵盤から軽やかな音が響いてきそうなピアノ、甘くて大きな英文字入りのビスケット、茶色くて大きな靴、
青空の下にたくさん並ぶ色鮮やかな洗濯物。
ページを開かなくても、細かなディティールまではっきりと覚えているから不思議。
どうしてあんなに好きだった絵本のことを忘れていたのかな?
日々の忙しさに追われるだけの大人になってしまったから?
いくつかの引っ越しを重ねるうちに手放してしまった絵本のタイトルは、
「ぐるんぱのようちえん」。
いつだって小さな親友のように、一緒にすごしていた。
つまらないいたずらをして怒られて泣いた日も、なんだか寝付けない苦い夜も、時間さえあれば
絵本の世界をいつまでも旅していたあのころ。
ページをめくるたびに、幼いころの風景が押し寄せる波のように次々に浮かんでくる。
そのときに着ていた自分の洋服の模様、好きだったおやつ、よく遊んでいたおもちゃ、飼っていた猫の匂い。
五感を呼びさますとは、きっとこういうことをいうのだろう。
ゆったりと絵本を読むとき、膝に抱いている娘のやわらかな重さを感じながら、この絵本に夢中だった幼いころの
私を抱いているような軽い錯覚を知る。
絵本を見つめている幼い娘も、「ぐるんぱ」の痛みや喜びを、自分のことのように感じているのかな。
いつしか年月が経ち、すっかり大きくなった娘を膝に抱くと、背中が邪魔をして、かんじんな絵本が
見えなくなってしまう。
それでも読みつづける。
娘がなにげなく手にとる一冊の本。
いつの日か大人になったときに懐かしさや甘酸っぱさを思いだす、あたたかな道標になりますように。
そんな未来に思いを馳せて、今日も娘の選んだ本をそっと手にとる。
高野優(たかのゆう)育児漫画家
NHK教育テレビにて「土よう親じかん」(2008年4月~2009年3月)、
「となりの子育て」
(2009年4月~)の
司会を務め、子育てパパ・ママからの支持も厚い。
「吾輩ハ母デアル」(学習研究社)「コドモスクランブル」(講談社)
「みつばのクローバー」(主婦の友社)等、著書多数。
講演会では、マンガを描きながら話をするという独特なスタイルで、
育児に関するテーマが人気。
公式ホームページ http://www.k4.dion.ne.jp/~alamode/
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